着物~ビンテージキモノ~Kimono Remake

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はでな長じゅばん
ビンテージキモノを仕立て直したはでな長じゅばん

 

 

着物:

一時着物にハマったことがあって、何年か着付け教室にも通った。
師は着物に一生をささげたような方で、ヘアースタイルはいつもショートカット。
それがまた見事な着こなしの着物に良く似合い、超カッコよかった。
三年くらい通ったかなあ。そんなに続いたのは師がカッコ良かったからだし、
毎回着ている着物が素晴らしかったからだと思う。

それで振袖の着付けまでできるようにはなったけれど、残念ながら師のようになりたいとは思わず、
いつしか着物は私の日常から遠ざかってしまった(着付けテクもあらかた忘れてしまった)。

着物のスゴサは心の底から認めるけれど、それを身にまとうことにそれほどの情熱を抱けなくなってしまったのだ。かちりと様式化された着付け×着物のスゴサ=不自然などこか無理のある非日常、となってしまい、敢えてそれを身にまとうことの意味のようなものが別途発生してしまう。手に入れるのが大変で、手入れも大変、着心地の悪さも決定的だ。私は締め付けられるのが本当はすごく嫌いなのだ。

知人男性によく着物を着ている人がいた。男性の着物は着付けもそれほど大変ではなさそうで、良く似合っている。女性の着物とは異なりゆったりと楽そうでもある。それでも、どうしても、そのこだわりというか気合の入れ方に、バランスを欠いた過剰さを感じてしまうのだ。

 

ビンテージキモノ:

もうひとり、知人に古物商免許を持っている喫茶店店主がいて、店に骨董や美術品を並べていた。彼もよく着物を着ていた。坊主頭に着物が実にマッチしていて、過剰さも無理感もなかった。というか、彼の場合は、性格の過剰さに着物が従っているというかんじ。

いつしか店の片隅に着物の古着が積まれるようになった。当時ブームだったのかもしれない。デパートでもビンテージ(アンティーク)着物として扱っていたくらいだから(今もオンラインや骨董市では売ってるだろうけれど、さすがにデパートにはないだろう)。新品に比べれば実にリーズナブルであることと、古い着物地の持つ個性がまた面白く、ときどき買い求めたりもした。

そのまま着ることはほとんどなかったけれど、仕立て直した極まりなく派手な長じゅばん二枚は、着付けの練習のよき友となった。それも、紅型のビンテージも、新品から仕立てた何枚かの着物も、今は箪笥に眠ったままである。

 

Kimono Remake:

並行して、ビンテージや、母からもらった古い着物を仕立て直すようになった。自分ではうまく作れないので(絹地など扱いもむずかしいし)、プロに何枚か縫ってもらった。男物の大島紬や、葡萄や菊の織り地からはワンピース、卵色の素敵な織り地からはスーツ、黒の麻の絽からアロハシャツなどなど。

レンガ色に銀の菊模様のワンピース
レンガ色に銀の菊模様のワンピース 。ちょっとウエスト絞りすぎ? 着心地は最高のプロ作品なり。

 

注文服というのは難しい。こちらのイメージをどれだけ忠実に形にしてもらえるか。デザインを伝え、写真を渡し、一度はこれと同じ形と見本まで渡しても、イメージしたとおりにならない。採寸して仮縫いまでしてもらい、体に合ってはいるものの、でも何かが違うなあ…、というのも多かった。

二年前に母が死んで、母の押入れからまた何枚か着物を仕入れてきた。ウールなら扱いも楽だからと、思い立ってコートの自作に挑戦した。相変わらず縫いは下手なれど、理想の型紙が見つかって、着てしまえば下手もほとんど気にならい程度のものが出来上がった。軽くて、温かくて、着心地も最高に良くて、それでいてとても個性的。

調子に乗って、20年も前のデザインが古くて着られない、でも生地と色がお気に入りで捨てられないでいたコートを解体し、同じ型紙でもう一着縫ってしまった。それで、そこそこの自信もついた。

けれども、何が嫌いといって、型紙を写し取ることと、それによって布地を裁断すること。あと袖のカーブの縫いつけも嫌い。それやこれやで疲れて二年。

それがこの夏、ふとしたことからリメイク熱が復活した。ただし、この度は極力楽に縫えることが大前提である。型紙なしの直断ちで直線縫いが絶対条件。サイトなどでHow toを探したのだがあまりヒットせず、仕方なくオリジナルで(つまり適当に)トライ。これが性に合ったのか、気が付いたらチュニックやらパンツやらジャケットやらを12着縫い上げていた(これらはネタとして、追ってアップする予定)。

12着目を縫い上げるころには情熱はかなり覚めてきて、でもなんだかこのハマりを一過性のもので終えてしまうのがさみしくて、サイトを立ち上げることを思い立った。ほどいた着物地や、まだほどいていない着物が結構あることもある。あとどれほどエネルギーが続くのか、どれだけのことが出来るのか皆目わからないけれど、まあとにかくそろりと船出してみることにする。

 

 

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