v-kimono

着物~ビンテージキモノ
~Kimono Remake

若いころにハマった着物、いつしか遠ざかってしまった着物、ビンテージ(アンティーク)キモノの面白さに、プロにワンピースやアロハシャツを仕立ててもらったこともあった。それもまた遠い昔のこと。

そんな忘れていたキモノリメイク熱が、ある日突然一枚の浴衣地で復活した。このたびはオリジナル&ハンドメイドでチャレンジ。一部簡単レシピも公開。[本文を読む…]

Open宣言:浴衣から始めよう

 

  • 12/22 2017

    初バッグ

    着物や帯地でバッグを作りたいと思っていた。 で、試作としてしばらく前に縫ったこれが初バッグ。 接着芯を貼ってしっかりさせ、裏地にはグレーの八掛を利用。持ち手の縫い方に工夫があって(といってもパクリだけど)、平たい四角のバッグに立体感が出る。布を重ねた部分がなかなかきれいに縫えないけれど、持ってしまえば気にならない。 概ね気に入ったので、モニターしてねと、(+プチスカーフを)遠くにいる友に送った。 レンタル畑で作ってる美味しいサトイモのお礼に。    
  • 12/17 2017

    違和感のファーフリー

    ファーを使わないと宣言したのはGUCCIだったっけ? 前記事で触れたことだけれど、もしかして他のブランドだったかもしれない。 うろ覚えの記憶を確認すべく検索してみた。 記憶は正しかったのだが、何本か読んだ記事に違和感を覚えた。 同時に素朴な疑問も湧いた。 そもそもGUCCIは、全てのファーを使わないと言っているわけではない。 今後、よく使われてきたミンクやキツネ、ウサギ、アライグマ、カンガルー、カラクール(ヒツジの一種)の毛皮を製品や広告に使わない。ただ、6種以外の毛皮を使う可能性はあり、皮革製品の商品化も続けるという。 近年は毛皮や革を剝ぐために殺した動物は使わず、食用にしたものに限るなどと宣言するファッションブランドも増えている。 グッチ、6種の毛皮を使わない方針 ミンク・ウサギなど(朝日新聞 2017.10.14) 対応は2018年春夏の新作から。9月にはミラノで18年春夏コレクションが発表されているのだが、その写真を見ると、豪華な毛皮(風?)コートがある。すでにフェイクファーなのであろうか。 これまでに制作したものはチャリティーオークションにかけられ、「収益は動物愛護団体、国際人道協会(Humane Society International、HSI)とイタリア反生体解剖連盟(LAV)に寄付される」とのこと(AFP BB News 2018.10.12)。 9月のコレクションがもしリアルファーだとすると、制作時には脱・毛皮路線はまだ決定されていなかったのだろうか? あるいはそれを見越しての制作であり、発表だったのか。 いずれにしろ、オークションというところに違和感がある。オークションとは、競りにかけて値を釣り上げて販売するシステムである。豪華なファーコート、しかもGUCCI最後のリアルファーコレクションとなれば希少性も高い。ファンだけじゃなくて、お金の使い道に困っているような人や投機筋なども、競りに参加するかもしれない。話題作りの宣伝効果も大きい。 ファーの付加価値を否定する脱リアルファー宣言が、ものすごくリアルなファーの付加価値の上に乗っかっているというパラドクス。倫理やエコ重視でファーを使用しないと決めたのだから、過去の商品も販売しない、というのならわかる。企業にそんなことを求めるのは筋違いだというなかれ。チャリティーなんだから収益はなしのはずでしょ。 目的が食用なら残った毛皮利用はOK、というのも変な話だ。先月出かけたマルタはウサギ料理が名物だそうで、残念ながら食す機会はなかったのだが、そのうちマルタはウサギファーも産業になるかもしれない。許可されたファーということで。 しかるにこの論理、一瞬で破たんする。だったらキツネでもミンクでも食やぁいいんだろ、と、私が生産者だったら言いかねない。 毛皮反対のサイトも覗いてみた。反対の理由に、動物たちが残酷な方法で殺されているから、というのがあった。じゃあイスラムやユダヤの人たちのように、お祈りをしたうえで血を抜くなど、より人道的?な方法で殺処分すれば良いのか。 サイトにはご丁寧に、皮をはがれた動物の写真も載っていた。が、市場にぶら下げられた丸ごと一匹のウサギだって、私たちは同様に目をそむけたくなる(シチューになれば美味しくいただいたりもするけれど)。 残酷ということでは、モロッコの市場では生きたウサギが(ニワトリのように)食材として売られていた。えーっ!と一瞬思ったが、じゃあペットショップの狭いショーケースに押し込められているウサギはどうなのか。 そもそも愛玩用のウサギも食肉用のウサギもファー用のウサギも、飼育という段階でも、買われるという段階でも横並びにいるのではないか。共通するのは、みな人間の都合で飼われ買われているということ。不要になれば捨てられるという点でも同じ。 ファーはやめましょうと言うのならば、食用もやめましょう、と言うのが正しいような気がする。動物実験だけでなく、もちろん愛玩も(ついでにレザーも)。 そんな方々には、殺生という言葉と日本の精進料理を紹介したい。ただしこれは宗教だということを理解していただく必要がある。精進料理しか食べないのは宗教者だけであるということ。一般人は、洗練された料理の一ジャンルとして時々楽しむだけだ、ということも付け加えよう。 前記事で触れたイタリア人の友人は、毛皮に反対で、かつベジタリアンだった。筋は通っていた。彼女はダシに使う鰹節もいやなようであった。といっても日本でダシを避けて通ることは出来ないし、彼女もチーズと卵はOKなのであった。食べた後のウサギのファー利用はOKと、同じなような気がする。個人の(人間の)自己都合で基準線が引かれる点において。 でも彼女は、ほとんどのベジタリアンと同じく、他にそれを強要しなかった。私のファーのティペットも責めなかった。カトリックに生まれながらキリスト教に否定的だった。たくさんの国を回ったなかで気に入ったインドに暮らし、そのあとは亡くなるまでの19年間、日本に住み着いてしまった人だった。ひとつの宗教を絶対とするような価値観からは、身を置いていたのかもしれない。 GUCCIに戻ろう。GUCCIがファー離脱するのは、ある企業の方針として良しとしよう。一企業の社教(なんてものがあるとして)が無宗教から仏教に変わったとして、たとえばGUCCIがホテルに進出したとしても、レストランが精進料理になるくらいで、さして問題はないだろう。GUCCIでは精進料理にチーズも使いますといわれても、腐乳にすべし、とは言わない。粋なデザインの素敵なフェイクファーが、こなれた価格で買えるようになるのなら(私は買わない、というか買えないけど)、それも良い。チーズありのGUCCI風精進料理だったら、(無理すれば一度くらい)口にできるかもしれないし。 オークションはどうか。商品として市場に出せない、ファーに収益を求めない、というのなら、オークションや人道団体などという中間流通経路をはぶいて、直接寒さに凍える難民にファーコートを寄贈したらどうであろう。ゴージャスな総ミンクのロングコートなど難民生活に似合わないと言うだろうか。それとも、それでは限られた人しか暖をとれないと。 あのボリュームのあるコートは、いったい何匹のミンク? で作られているのであろう。あれをばらばらに解体して全てティペットにしたら、いったい何人の人の背なかと心が温まるであろう。ファーは耐久性や携行性でも抜群の素材であるし。 ファーは、首から背中が大きく空いたドレスで暖房のきいたパーティに出かける人ではなく、寒風の吹き込むテント暮らしの人にこそ、その素材力を発揮するのではないか。寒い我が家で毎冬ファーティペットの暖にお世話になっている身の実感である。   蛇足: GUCCIのサイトでは、(まだ)ミンクファーのコートが売られていた。ウールコートより0が一つ多い370万円余り。オークションに何点出るのかわからないけれど、結構な値段にはなるだろう。やはり難民には、売り上げで毛布か、あるいはユニクロのウルトラライトダウンを買って送ったほうが良いのだろうか。 ウール30万円台のコートを買える人にも消費税分くらいの難民支援をお願いしたいけれど、300万台、それ以上をオークションで落とせる人には、次のようなお願いをしたい。GUCCI最終ファーコートは是非オークションで落としていただこう。その一着がウルトラライトダウン300着から500着になるんだったら、違和感より実をとろう。 そのうえで、落とした最新コートは着用していていただき、クローゼットにしまわれたままのミンクコートを二着ほど放出していただく。それを解体してティペットにして送る費用も是非。年に一二度しか出番のなかったミンクファーも、冬中たくさんの人のくびに巻かれて嬉しいんじゃないかと思う。  
  • 12/13 2017

    あったか巻きスカートとくび巻き

    10月は頑張ってジャケットを縫った(未掲載)のに、 11-12月(半ば)は梅模様の紫スカーフ(未掲載)など小物が少しだけ。 唯一服らしきものがこの巻きスカート。 ただの長方形布(市販のストール)にひもをつけただけで、 えっスカート? ひざかけの間違いじゃ…と言われそうだけれど。 もちろん、ひざかけとしもて利用可能。着物胴裏を裏地につけてるからあったかですぜ、お客さん。 93歳の夫母が、私が毛布みたいなロングスカートをレギンズに重ねているのをみて、何度も、「暖かそう」「それ良さそうね」と言う。リハビリ病院と寒い自宅とケア付き施設をぐるぐるしている大変な状態の合間のこと。確か去年も言われた記憶がよみがえり、縫ってみることにした。 筒型の(つまり普通の)スカート状にして、ウエストゴムにしようかとも思ったけれど(自分用だったらそうした)、考えた末に巻き状にした。小さい人がさらに細く小さくなってしまって、これまで着ていた自分の服すらユルユルになってしまって、しかも上からかぶったり、脱ぎはきも大変なのだ。 少し前、丸首のTシャツを前あきにしてくれと頼まれた。前身頃をただ半分に切り分けて三つ折りで端を始末しただけ。ボタンも何もつけず。病院に行ってみたら、それを前で打ち合わせて、ひもベルトで締めて着ていた。ユルユルの服をボタンで留めるのも、すかすかして寒いのだという。この年代の人には、着物を打ち合わせて着る記憶が、体にしっかり残っているのかもしれない。 なのでこの度のスカートも、腰巻状が調節が効いて良いだろうとの判断。本人の希望もきかず、採寸もなにもせず。いちいち確認されるのも、全身が弱っている人には大変なのだ。そういった小さなことでも、エネルギーも気も使う。親切で元気な(相手の気持ちをおもんばかることが苦手な)(だからとてもうっとおしい)見舞客がやってきて本当に大変だった、と聞かされたこともあった。 お見舞いやいたわりや応援の気持ちに偽りはなくても、それが何の役にもたたないだけでなく、負担になることもあるのだとは、なかなか理解できない。巻きスカートも、寒い自宅では有益だったたかもしれないが、暖房ギンギンの病室ではいらないかも。 それでも、余った端布でセットにしたくび巻きが、「引っ越し(転院)の途中で何かの荷物に紛れたみたいだから探してくれ」と連絡あり。その後、こっちにあった、巻きスカートと一緒になっていた、と。くび巻きだけでも役に立ったのなら良かった。 (スカーフ、ショール、ストール、スヌード、ネックウォーマー、ティペット…まとめて)くび巻き…は、一年を通して(室内でも)手放せないアイテムである。春夏秋は綿・麻、秋冬はシルクとウールとファー。これほど気軽に温度調節ができるアイテムはない。肩こり対策にも、セーター一枚よりファーひと巻き、である。なので、リメイク熱再燃で、当然着物地でもくび巻きを何枚か作っている。けっこう楽しい。簡単気軽に作れるしね。 ファーでは今年、たしかGUCCIだったか、動物愛護の観点から利用をやめるとのニュースがあった。日本ではあまり言わないが、欧米ではファー反対の結構過激な(ヌードだったりする)デモも行われる。 親しかったイタリア人女性(ベジタリアン)も、ファーに批判的だった。私のくび巻きファーに文句は言わなかったけれど、反対者にシンパシーを持っていたのは確か。私は平気で着用していた。だって断然あったかいんだもん。優れた防寒着としてずっと利用されてきた歴史はどうなのだろう。エスキモーにもフェイクファーにしろと? いや、昨今もっとあったかいマイクロファイバーとかナントカ綿とかあるし、って? 私は石油系より自然モノが良い。ビニール靴より革のブーツが良いな。ビニール靴も履くし、アクリルセーターも着るけどさ。 ファーには特別の付加意味もある。「毛皮」の前に「豪華な」という形容詞がつく。そういうものにしてしまった人たちの歴史が欧米にはあって、そういうものにされ得る暖かさ以外の意味がファーにはある。 革ジャンも革ズボンもファーコートもあまり好きではない、という人がいる。感覚的に受け入れられない何かがあることも理解できる。でもそんな人も、革靴と革のバッグと革のベルトは平気だったりする。日常的に用いられる単なる素材だから、だろうか。 付加意味とは無関係に、ただ暖かさだけで愛用している私は、汚れればウール洗剤で洗って、何年も何年も首に巻いていた。そうやって20年くらい使っていたら、すっかりくたびれてしまった。柔らかかった毛足はほとんど抜け去り、裏地もぼろぼろ。そんな折、母の押入れに一枚転がっていたのをみつけた。母もファーは好きではなかったらしく、ほとんど未使用状態。今はそれを首に巻いてあったかである。   【作り方】 というほどのものではないけれど。 もとは誰もが一枚や二枚は持っている、端がフリンジになっているストール。腰に巻きつけてウエストにはしを挟み込めば、縫わなくてもそのまま巻きスカートになるようなやつ。 それを縦に二つ折りにして半分に裁断。そのまま左右を縫い合わせ、ウエストを3センチほど折り返して袋に縫い、縫い終わりを3センチほど残しておき、ここからゴムを通せば、裾フリンジのスカートが出来上がり。 写真のように、裾フリンジなしにしたい場合はその部分を切り落とし、裾上げをして縫う。30-40センチくらい残して裁てば、プチマフラーが出来る。 巻きスカートにするには、 ①二枚に裁断したストールの長編を縫い合わせ、一枚にする。 ②着物の胴裏を横もしくは縦に縫い合わせ、スカート地より少し小さめに整える。 ③スカート地と裏地を、巻いた場合下になるほうの端で中表に縫い合わせ、裏返してステッチで1センチのところを押さえる。 ④スカートウエスト部で、表地と裏地を中表に縫い合わせる。このとき、切り取ったフリンジを何本か挟み込んで縫い、ベルト通しにする。 ⑤ウエスト部分をアイロンで整え、フリンジを表側に縫いつけながら、ウエストから2-3センチほどをぐるりとステッチで押さえる。 ⑥ウエスト部分の端に別布(or友布)で作った紐を縫い付ける。 ⑦裾を2-3センチあげてステッチで押さえる。 ⑧巻いたときに上になる端を1センチのステッチで押さえる。 プチマフラー ①残った布を巾15-20センチの二枚に裁断し、短辺を縫いあわせて細長いマフラー状にする。 ②着物の八掛などを裏に縫い付ける。 ③端の始末をして出来上がり。 ※マフラーをきれいに見せる小技: 裏地が表地と異なる場合、敢えて裏側も見せるような組み合わせなら問題はないが、あまり見せてたくない場合もある。そのような場合は、裏から見た場合、4辺に表地が回り込んでくるように縫うと良い。つまり裏地を巾、長さとも表地より小さく裁ち、裏から見た場合、表地が裏地を額縁のように囲むように縫い合わせる。  
  • 11/29 2017

    しばらく留守してました(マルタとローマに)

      しばらく留守してました。 シチリアの南、チュニジアの東。すっごく小さな国なのに(4つの島を合わせて東京23区の半分)、地中海クルーズでは必ずと言っていいほど立ち寄り先になっている、その名はマルタ共和国。ついでにローマも少し。帰国してからも別件に手足頭を取られていたこともあり、管理画面さえ開けずに二週間超。   さてと。アイキャッチはここでは初めての料理写真。何を隠そう、私はまともな料理写真が撮れない。いつも写真撮るのを忘れて食べ始めてしまい、あわてて途中で食べかけを撮るはめに。この一皿もしかり。でも、料理に対しては正しいアプローチなのではないかと思っている。 少し前のこと、地元のイタリアンで隣のテーブルにタルトゥーフォ(トリュフ)、それも白トリュフのパスタが運ばれてきた。おお!ゴージャス、香りだけでも漂ってこないかしらとちら見していると、男女二人はその皿を延々写真に撮っている。むらむらとパスタに成り代わって怒りが湧いてきた。早く食えってば。のびちまうだろうが! テーブルで削って振り掛けられたせっかくのトリュフも泣いているぜ! トリュフは日本でも食べられるけれど、カルチョーフィにはまだお目にかかったことが無い。いや、カルチョーフィはありそうだけれど、ユダヤ風というのがね。アーティチョークは真ん中の芯のオリーブオイル漬けをよく前菜に食べる。あるいは、ガクを少し残してカットして、そのガクの間に詰め物をしてオーブン焼きにしたり。ガク付でゆでた場合は、ガクを一枚ずづ、芯に近いあたりをかじるようにして食べる。シチリアのモディカという町で出てきた丸ごと炭火焼アーティチョークも、手を真っ黒にしながらガクをはがし、根元を食べた。 ユダヤ風というのは、さすがに先端は切り落としているけれど、ガクの半分(三分の一?)ほどを残したまま素揚げにしたもの。味付けは塩とオリーブオイルのみ。このシンプル勝負の一品が、この度のマルタとローマの旅のベストワンであった。ガクまでバリバリと丸ごと完食。   昔からイタリアにはユダヤ人が住んでいて、今も各地にユダヤ人街が残っている。そもそもゲットー発祥の地はヴェネツィアなのだ。本島サンタルチア駅にもほど近い一角に、他の街並みよりごみごみとした、各階の天井の高さも他よりも低い、つまりそれだけ一つの建物にたくさんの家屋がおしこめられた街並みが残っている。ナチス・ムッソリーニ時代の北イタリアには絶滅収容所もあった。 ローマにもテヴェレ川近くにユダヤ人街はあって(コミュニティー形成は紀元前の古代ローマ時代にさかのぼる)、シナゴーグが博物館として一般公開されているし、ユダヤ料理のレストランは地元の人や観光客でにぎわっている。といってもローマでは周囲の街並みに溶け込んでいて、何も知らない観光客はそれとは気づかないまま通り過ぎてしまうだろうけれど。 何年か前のローマで、ユダヤ博物館に行く予定をたてていたのだが、アクシデントがあり叶わず。それでもユダヤレストランでの夕食には間に合った。3月の半ばくらいだったかな。あの時のユダヤ風カルチョーフィより、季節が良かったのか、今回食べたほうが何倍も美味しかった。 ちなみに写真の店(Ristorante Terme di Diocleziano)はホテルで教えてもらったローマ料理店で、ユダヤ料理店ではない。なので生ハムも食べられる。駅からも近いし、夕食も18:00からと、イタリアにしては貴重な日本人向けオープンタイム。ということは観光客向けの店か? と思いきや、イタリア人客の評判もまあまあ。このときは一人だったので限られた料理しか食べられず、だからまた行ってもイイかな、という店である。   旅のメイン、初めてのマルタの話しも少し。ほんとうにシチリアから目と鼻の先なのに、カラバッジョ最晩年の傑作、聖ヨハネの斬首を見るためだけにでも行きたいと思っていながら、なかなか行けなかった。やっとその気運が高まり、どうせならと6泊することにした。これくらいあればまあ満足するだろうと。ツアーではマルタはせいぜい3泊くらい。それ以上だと、たいていイタリアとの組み合わせになる。 行ってみないと分からないものだ。なんと6泊では足りなかったのだ。二か月前から予約しないと入れない地下神殿とか。この神殿、現地に行くまでさして気に留めていなかったスポット。ガイドブックは行きの機内で読む派なので、大枠は決めてはあっても、詳細は前日の夕食時にワインを飲みながら詰める。あるいは変更する。 当日券も少数ながら出るらしいとの情報があり、並ぶのを覚悟で朝一で出かけた。が、発券場所である美術館は修復によりクローズド。もっと下調べしていけよ、といつものこと。また行けってこと? と(自分に)問いかけるのもいつものこと。 マルタは地中海の歴史をぎゅ~~~っと凝縮したような島で、紀元前5000年ともいわれる巨石神殿と、なんといっても聖ヨハネ騎士団がキリスト教世界の砦として築いた中世の歴史的建築物や街並みが見ごたえがある。 古くはフェニキア人、古代ローマ人、そしてアラブ人に支配され、続いてヨーロッパキリスト教世界となり、近代はナポレオンによる二年の支配ののち1964年までイギリス配下となる。英艦隊の拠点として第二次世界大戦まで戦略的に非常に重要な島だった。 街並みは完全にヨーロッパで、教会はバロックが多い。なのに町の名前はイムディーナ(Mdina)だったりする。アラビア語のメディナ、旧市街を意味する言葉からきているのだと思う。 料理は、見かけはイタリアン(シチリア料理)で、味つけはイングリッシュっぽいと感じた。結構楽しみにしていたのだが、一番気に入ったのは、バレッタの旧市街に入ってすぐ左手にあるリビア料理のファーストフード店だった。エジプトでも食べたファラフェル(そら豆のコロッケ)のセットが、安くて、ボリュームたっぷりで、美味しかった。いっそフィッシュ&チップスを試そうと思ったのだが、ちょうどよくスタンドに遭遇できず(バスの中から見つけても、用もない通りすがりの市街地じゃ降りるわけにもいかないし)。 海は最高にきれいで、人はのんびりと素朴で(ただしバレッタの老舗カフェ店員などはちと異なるが)、物価は安くて、選んだホテル二箇所も当たりで、これで料理の一人前が半量で、味付けがイタリアン、もしくはアラビックであったなら…。 と、リメイクとは全く関係のない話でした。リメイクも三着連れて行ったんだけどね。うちまだ記事にしてないのが二着、課題は撮影。マルタの写真もPCに保存したまま、整理どころかまともに見返してもいない。同行者用にセレクトしなければと思いつつ。  
  • 10/27 2017

    くたくたなのにこの光沢! — くさっても泥大島の袷チュニック

    つぎはぎだらけの泥大島、 ここまで大切にされた着物地を見るのは初めてで、 そのことに敬意を評してチュニックに仕立てることにした。 問題は布地がリメイクに耐える強度があるかどうか。それでキルト仕立てを思いついた。裏地を紅絹にしたら擦り切れても赤が覗いてかわいいかも。が、紅絹は洗っても洗っても色が出る。ためにし端切れを一緒に洗ったら、泥大島がうす赤くまだらに染まってしまった。 生地はたっぷりあるので、同じ泥大島を出来る限り裏にも使うことにした(一部は胴裏の白生地使用)。ステッチを入れる作業は大変だったけれど、何とかクリア。 これって、着物で言うところの袷である。着たらホンワカあったかい。 100%オリジナルデザインで、それはいいのだが、生地の斜めづかいを後悔した。やたらくたら伸びてしまうのだ。 余った端切れでスカーフも完成! このスカーフ作りが楽しかった。 このあと10月は紫縞ウールでハーフコートジャケットを縫った。11月初旬の旅行用。写真を撮る暇もないので、その話はたぶん帰国後、かな。  
  • 10/22 2017

    染め直した羽織からK’sドルーマンTブラウス

    しばらく前、妹からのリクエストで、 ドルーマンTブラウスを縫った。 源氏香模様のブラウスと同じ作り方で、ちゃっちゃっちゃと夕食後に完成。 元は母の羽織である。 おまけにリボンスカーフも作成。リボンに結んでピンバッジでとめてみた。スカーフにもなる。そではゴムで絞っている。かわいいし、余分なひらひらがないぶん、邪魔にもならない。 この羽織、ほどいてみたら、他の着物と何かが違う。柔らかな筆使いで色を重ねたようなモダンな染め。縫い合わせてある部分の柄がぴったり合っている。ほどくと縫い代だけ染めがない。ということは、不要なほどきはせず、縫い合わせたまま染めているということ。つまり染め直したものなのだ。 そういえば昔、染屋さんが家に来たことがあった。母は、ほどいた着物の染め直しを頼んでいた。たとえば、私が七五三に着た着物を成人用に、とか。着物地はそれに耐える強靭さがあるってこと。日本以外で生地を染直しするところってあるのだろうか?! たぶん、無いと思う。これ、究極のリメイクじゃん…。  

 

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